「恐喝こそ我が人生」深作欣二監督 松方弘樹主演

松方弘樹主演チンピラグループの映画を2作続けてみた

 

 
 
前回紹介した東映の中島貞夫監督「893愚連隊」893愚連隊 [DVD]の姉妹編のような感じ。
 
 

 

松竹の作品なのだが、スタッフもキャストもほぼ東映。
 
美輪(当時は丸山)明宏主演の「黒蜥蜴」から深作監督は松竹へ出向していた。
 
そのころ松竹生え抜きの大島渚、篠田正浩・吉田喜重監督が次々独立。
 
松竹に新しいテイストを導入しようと狙っていたみたい。
 

似ているけど全然違う味わい。「893」と「恐喝」

 
 同じ松方がチンピラグループの頭目を演じるので既視感が強い。
 
しかも共演者も天知茂や城アキラ(ジョー)など前作に登場した
 
キャストも出ているので同じシリーズかと思ってしまう。
 
違いは「893」がモノクロで「恐喝」がカラーくらいか。
 
だが、決定的に違うのは、権力にいる立ち位置が全く違うのだ。
 
前作の主人公ジローは一度は自分より強いものに刃向かって見せる
 
が結局挫折し、無様に権力の顔色を窺いながら、
 
「ネチョネチョ生きる」ことを選択する。
 
今作「恐喝」の主人公駿は、権力にどんどん立ち向かって行き、
 
最後には国家を握る政財界にまで手が及んで、最後には非業の死を迎える。
 
同じワルでも弱い者いじめをするワルは庶民の敵だ。
 
強い者に対抗するワルは庶民から歓迎される。
 
「恐喝」のグループは強い者と戦うタイプだった。
 
言い換えると、
 
 
「893」のワルたちは現実に生きているワルの生態を描いていて、
 
 
 
 
「恐喝」のワルたちはこうだったら面白いなスカッとするなという理想像を描いていた。
 
 
 
この違いはどこから来るのだろう?
 
 
私はこの二人の監督の微妙な年齢差から来ると思う。
 

年齢差の違いであらわれる映像作家の個性

 
 
脚本家・笠原和夫    終戦の年18歳
 
監督・深作欣二     終戦の年15歳
 
監督・中島貞夫     終戦の年12歳
 
1968年生まれて親父も1944年生まれの人間が終戦を語る資格があるかどうか
 
「仁義なき戦い」の脚本を担当しあた笠原氏は、少年航空隊に入隊しあわや
 
特攻隊に入って戦死する覚悟を決めていた。
 
だが、そのまま戦後を迎えてしまう。
 
死ぬ覚悟を決めていたのに、死に損なった生き残り世代なのだ。
 
だから、組織の命令に従って行動したにもかかわらず、
 
組織からも警察からも追われ最後は自決を選択する「続・仁義なき戦い」
 
で北大路欣也が演じた「山上光治」に、大いなる共感を抱いていた。
 
一方演出の深作は終戦後15歳
 
だった。食糧難で闇市で食べ物を確保しなければ生きていけなかった。
 
子供の頃から大人からたたき込まれた軍事教育はまやかしだった。
 
これからは自分の価値観で自分のやり方で生き抜いて
 
いくんだと言う世代。
 
深作の思い入れは「続・仁義」に登場した千葉真一演じた「大友勝利」にあった。
 
規制の価値観・権力から真っ向から対立して、自分のやりたい放題に生きる男だった。中島貞夫終戦時12歳。
 
篠田正浩監督「瀬戸内少年野球団」の主人公たちの年代。原作者阿久悠さんと同世代だ。
 
「ギブミーしてんか」
 
と進駐軍の兵士にチョコをねだる世代だった。
 
敵国に対する恨みも卑屈さもない。
 
欲しいもののためなら、躊躇なくしっぽをふれる年代だった。
 
この僅かの年齢差が社会観・死生観の違いを生み出して、物語や出る画面に微妙な色合いの違いを生み出した。
 

妥協を知らない男

 
「恐喝こそ我が人生」の駿は文字どうり恐喝に精を出して、リミッターがふりきれている。
 
ここいらで止めておこうというペース配分とかが一切ない。
 
深作監督も「深夜作業組」と呼ばれていたそうで、撮影も編集も一歩も妥協せずに行っていたそうだ。
 
みんなの違ってみんなふりきれている
 
深作映画は脇役でほんのちょっとしか出ていなくても輝いている。
 
キラッと輝いているのではなくて、ギンギラギンに輝いている。
 
 
一瞬しか出てこない殺し屋の川津祐介。
 
暗殺を支持する丹波哲郎。
 
血まみれになりながらファイ手イングポーズをして死んでいく城アキラ。
 
仲間から離れて生きのびることを選ぶ室田日出男。
 
命をかけた勝負に出た松方とどしゃ降りの雨の中で車中でむさぼるように抱き合う佐藤友美。
 
みんなそれぞれの見せ場がある。
 
こぞって俳優が深作組に参加したいワケだ。
 

「馬鹿にしやがって」

 

 
とは言え最大の見せ場はやはり、主演・松方弘樹の最期だ。
 
金を受け取りに行く途中の路上で、突然若い男とぶつかる。
 
男は軽く謝ると、足早にその場を立ち去る。
 
腹を刺された松方が血まみれになってのたうち回る。
 
繁華街の路上に行き交う人たちが、突然の惨劇に驚き戦く様。
 
東宝の日劇前でゲリラ撮影されたようで、驚く人々の様子は本物だった。
 
ん、この光景どこかで見たような。
 
長渕剛主演「とんぼ」の最終回だ。
 
路上であえない最期をとげるのはほぼ同じ。
 
今では「とんぼ」の方が幻のドラマになっているようだ。
 
「灰とダイアモンド」「勝手にしやがれ」のラストが大本だと言ったら身も蓋もないけど、
「太陽にほえろ!」の殉職シーン。
 
ショーケン・マカロニ刑事。
 
世良公則・ボギー刑事の最期。
 
ひょっとしたらこれが原点かも。
 
何も成し遂げることができずに挫折する。
 
まさしく犬死。
 
その死に様、みんなそれぞれ恰好よかったなあ。忘れられない。
 
それまでの映画やテレビのヒーローは格好良く悪を倒す姿が必要だった。
 
裕次郎も旭も健さんも錦之助も橋蔵も格好ヒーローは勝たねばならなかった。
 
でも、恐喝の主人公駿は叫びだけを残して死んでいく。
 
多くの名もなきものの代表だ。
 
これだけでも映画は成立する。
 
正義もヒーローもいなくても。
 
公開されたのは1968年。
 
まだまだ東映でも健さんや鶴田浩二の任侠物が主流だった。
 
まだヒーローがいた時代だったのだ。
 
それが、1970年代になって一気に状況がひっくり返る。
 
深作欣二・中島貞夫が主流になる時代がやってくる。
 
「893愚連隊」「恐喝こそ我が人生」はその先駆けになった。

このDVDはここでれんたるしました。




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