加藤諦三 文章の書き方・考え方

 

ま、いっかけん   ども、ま、いっかけんです

いろんな文章作法の本を読んできましたが、まさに眼からウロコの本でした。

今までの文章作法・文章読本を読んでも

全然文章うまく書けないな。書こうと思ってもなぜか書き続けられない」

とお悩みの方は是非一読をおすすめします。

ただし、あくまでwebライティングではなく、一人で一冊の本を出すことを目安に書かれた本なのでご注意を。

あのベストセラー作家が一度に何冊の本も出せるわけ

ベストセラーを連発する作家さん。

年に何冊も出している人もいます。

中にはよくテレビやラジオのレギュラー番組を何本も持っている人も。

そんな人の本には裏方のライターの方がいて、

本人にインタビューして話題を提供して、話を曳きだし、編集してまとめたものもチラホラあります。

最近の本には巻末に記載されてます。あなたの本棚の著名人の本もめくってみてください。もしかしたらその一冊かも。

出版社も本を出したら売れると見込める人は放っておきません。

しかしながら加藤諦三先生は膨大な著作をほとんど自分で全て書いてるそうです。

しかも連載をまとめたものは本にはせず。いつも新たに書き下ろすそうです。

正真正銘の多作の作家なのです。

加藤諦三先生は「愛されなかったときどう生きるか」など心理学の本をたくさん出されていて、著作は約500冊!

2018で御年80歳で、いまだに著作を出し続けていらっしゃいます。

私も悩める十代二十代の時にはお世話になりました。

また悩める中年五十代にさしかかって再び読み始めました。

加藤先生が説く文章の書き方は既存の文章読本とは百八十度違っていて。

最初は「???」

のクエスチョンの嵐かもしれません。

しかしよく読んでみると、

そうかいくら文章読本や文章作法の本通りに書いても、

どうも納得できる文章が書けないという自覚があるかたには

壁を突破できる起爆剤になるかもしれませんよ。

「ありのままに好きなことを好きなように思いつくままにかけ!」

 

加藤諦三流文章作法を一言で言うとこうなります。

それをわかりやすく私なりに3つの要素に分けて見ました。

①ありのままの自分でいろ!

文章を書く大前提になるのですが、

本を出すにあたっては有識者を気取り、

上から目線になったり、自分を取り繕って格好つけたりしがちです。

しかしどう文章を着飾っても、本当の自分は透けて見えてしまいます。

加藤先生は学生時代から本を出版しています。

学生の時は若者らしくわからないものはわからないままで、

わからないままに挑戦して失敗する試行錯誤する姿そのままを書いたそうです。

②自分の好きなこと愛することを文章にする

PVを上げたい。たくさんの人に読んでもらたい。

なぜならその方がネットでの稼ぎがよくなるから。

そのために検索ニーズの多いテーマを選んだり(まったく人のこと言えませんけど……)

でもそんな付け焼き刃なことをしても、無駄です、

Googleはそんなにバカじゃありません。

嫌いなこと苦手なことを無理に書こうとしたってすぐに書くことが無くなります。

本当に熱量のないものは見透かされてしまいます。

好きなことを書くのならいくらでも書けます。

書かずにはいられなくなります。

熱量のある文章で人の役に立つ文章なら、かならずGoogleは上位に上げてくるでしょう。

③自分の考えたことを文章にする

いくら立派な考えでも偉い先生の本や論文からの引用では自分で考えたことにはならない。

自分で考えたことでないと誰も読もうと思いません。

たとえ他人の考えでも、自分でひとつづつ検証した考えでなければ読者は納得しません。

たくさん知識を持っていれば、文章が書けるわけではありません。

自分で体験して自分で考えたことが人に読まれる文章になります。

まず思いついたことを1行書け!

ここからは具体的な文章作法に入ります。

どうすれば自分の頭で考えたことが文章になるのか?

①ひとまず自分が思いついたことを1行書き出す

意味が通らなくても、伝わらなくてもいいのです。

とにかく自分だけがわかるだけでいいから、1行書き出すのです。

「言い文章を書いてやろう」

という気負いは無用です。

この段階では構成を考える必要はありません。

構成どころか、書くテーマ・ジャンル・

こう書かなければならないという形式のルールなどは書きよどむ原因になります。

いい文章を書こうという気負いや

書かないとダメだというプレッシャーも無用です。

他人の文章と自分の文章を比べるのもダメです。

自分の文章のダメさ加減に嫌気がさして書く気が失せてしまいます。

ただただ素直に1行1行書いていくことが大事です。

「文章の達人をめざすな。文章を使って「遊ぼう」とすれば、

いつしか文章の書ける人になる。

パソコンは文章で遊ぶためのツールだ」

文章で遊んでやるという気軽さが大事です。

自分だけのために1行1行思いついたことを書いていきます。

②文章を他人に読みやすく仕上げる。

①自由に書く。
②仕上げる。

の二段階方式で本当に読まれるに値する文章ができます。

この時に始めてわかりやすいように構成を仕立て直します。

始めに結論ありきの帰納法ではなくて、一文から書き繋いでいく演繹法ですね。

小説で言えば、

「鬼平犯科帳」の池波正太郎先生でしょうか。

まず、冒頭で浮かんだシーンを書いていく、詰まったらそこで中断、他の仕事に取りかかる。

また新しいシーンが浮かんだら書き繋ぐ。

書いている本人ですら、結末を知らないそうです。

この方式のいいところは、類型的にならないということでしょうか。かっての時代劇は
「水戸黄門」
「遠山の金さん」

など、最後には悪をさばいて拍手喝采。という絶対不変のシーンで常にワンパターンでした。

池波先生の小説は演繹法なので、どれひとつとっても同じ話はありません。

無理やりな展開がひとつもないのです。

そのため重要なキャラクターを書くうち、

「あ、この展開だとこいつ死んじゃう!」

と思っても、作者でさえも止められない。

結局、人気キャラクターは殉職。

なんてこともあります。

池波先生の「鬼平犯科帳」「剣客商売」がかってワンパターンの時代劇を駆逐したと言えるでしょう。

帰納法のいいところは型にはめたら一応文章の体裁になっているということです。

小説家では「さよならドビュッシー」の中山七里先生

「みおつくし料理帖」高田都先生

は完全に最初から最後まで細部に渡って書くことを決めてから書くタイプです。

ライティングの手法が陳腐化する前に

かつて私マーケティングの勉強をしていた時があったのですが、

ライバルと差別化するためにマーケティングを真似しても、

ライバルも同じようにマーケティングを勉強したら飽和状態。

つまり

 

 

「どこでも同じような強み・売りをどこでも同じように表現するようになったので、

結局どこのも変わらなくなってしまった」

 

 

ということを経験しました。
Webライティングも技術が浸透してしまったら、

陳腐化してしまいどのサイトを見ても似たり寄ったりになって見られなくなる危険があります。

そんな中で残り続けるのは自分の頭で考えた独自のコンテンツだけでしょう。

自分の考えを作るという意味でも加藤諦三流文章術は有効だと思います。

注意! よかれと思ったアドバイスが文章作りの壁になっているかも。

私もブログを書くにあたって、

かなりWebライティングの本や書き方のコツが書いてある記事を散々読み倒しました。

「こう書かねばならない」「こう書いてはならない」という制約が頭の中で一杯になります。

すると、楽しくて始めたはずのブログが今度は苦行になってしまいました。

で、いったん頭に入れたノウハウをリセットして、またゼロから書くことにしました。

そうしたらまたブログを書くことが楽しみになったのです。

本に書いてたことでも、誰かに言われたことでも、

よかれとおもって言われたアドバイスが縛りになって文章を書けなくなるメンタルブロックになっていたら、

本末転倒です。

遠回りかも知れませんが、

思ったことを1行づつ書いていくやり方が本当の自分の思考を発見する唯一の道かもしれません。

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