藤沢周平 遺された手帳

文豪・藤沢周平の創作が今あきらかに!
ファン必読 
 藤沢周平先生のご息女・遠藤展子さんが書かれた三冊目の本です。
 前二冊は娘さんの眼から見た素顔の藤沢周平――父・小菅留治さんの姿を描いていました。
 が、本書は前の二冊とガラッと変わって、
遺された手帳に書かれた手記が公開されています。
 藤沢周平創作の秘密がついに明かに!
 
 没後、二十年にして始めて明かされる手記。ファンとしては、読みたいような、止みたくないような複雑な心境――
 でも、やっぱり読んじゃいました!
 
 読んだ結果は……
 改めて藤沢文学のすごさと、ひとつひとつの作品を極限までの完成度にあげる作家の執念と研鑽を目の当たりにして。
 じっくり読まないと、罰があたると思ったのでした。
 藤沢文学は多くを語らない。飾らない文体の描写で、直接は語らないが、登場人物の内面の哀切がにじみ出てくるんです。
 それが、手記では、当然ながら人に読ませるつもりで書いてませんから、ご自身の心情が赤裸々に語られいるのです。
 藤沢先生の奥さんは、展子さんを出産をして数カ月で病気で亡くなられています。
 奥さんを亡くした哀しみにくれる間もないままシングルファーザーが乳飲み子を育てないといけない大変さ。
 愛妻を亡くした喪失感が率直に書かれていています。かんたんに書かれた文章は、余計に哀しみを感じさせて胸に迫ります。
 しかしながら、その喪失感を埋めるべく書かれた小説の数々は、美文を避けて、わかりやすい表現と、緻密な描写のつみかさねで作られて、
 一言も「つらい」とか「苦しい」とか、直接言わない。小説としての表現を極限まで磨き上げています。
 大概の小説の創作は、まず大まかなプロットを書いて、細かくディティールを詰めて、隅々まで書く内容を決めてから執筆するというスタイルです。
 多くの小説作法の指南書はこういう手順です。多くの小説指南書だけは読破した私だから断言できます。
 藤沢先生の創作スタイルは、書いて書き直しながら、次第に人物物語を進めていく。極めて効率が悪い創作作法。
 会社員勤めと子育てをしながらの文学の研鑽。どれだけの苦労があったろう。どんなに時間に追われていても、文学を作るという情熱が生活を支えていたのかもしれません。
 数年前から藤沢周平さんの写経をしています。
 写経? ってお経を書き写すことじゃないと言われるかも知れません。
 けど作家志望。今はワナビと言うそうですが……
 ワナビが小説の勉強をするのに欠かせない
修行法です。
 目標とする作家の文章を書き写すことです。
 始めたきっかけは、
 石井貴士著「一分間文章術」です。
 「一分間文章術」によると、文章が上達するのは好きな作家の文章を書き写す――即ち写経が一番。
一番好きな作家のデビュー作から順番に書き写していく。
 そして、一番大好きな作家の文体が躰に染みこむくらいになったら、
 次のサブの作家。二番目に好きな作家の文章を少しでいいから書き写す。
 すると、メインとサブが上手にブレンドされて、自分独自の文体ができあがっていくそうです。
 メインは当然藤沢周平先生。サブは池波正太郎先生。
 で、ここ数年、気が向くと藤沢周平先生の写経をしています。
 
 でも、ちっとも文章はうまくなりませんけどね(笑)藤沢先生とは似ても似つかぬ文章になってしまいます。
 私がずっと写経してきたのは初期の作品でした。
 デビュー作からから直木賞を受賞する前後
「暗殺の年輪」「又蔵の火」に収録された短編群です。
 はっきり言って、作品のトーンはとても暗いです。
 登場人物は悲劇的な結末を迎え、どこにも救いが何もないんです。
 藤沢先生の苦難の前半生が投影されたものです。
 登場人物は自らの口から、その境遇がつらいとか苦しいとか一切言わない。
 寡黙なのです。
 それは池波正太郎先生のスタイルと真逆。
 池波先生は舞台脚本出身で、その多くの作品の中に名台詞が散りばめられています。
 ご自身もインタビューなどで創作の秘密を明かしてますが、
 むしろ全編がこれ語り。と言えるほど台詞がいいんですね。
 藤沢先生の場合、名台詞はありません。いやむしろ意識的に美文・名台詞を避けているようです。あくまでも淡々とした描写の積み重ねで、世界を構築して、作品を成り立たせるような姿勢があります。
 
 映画で言えば、小津安二郎監督の映画に似ていると思います。素人の個人的見解ですがね。
 ひとつひとつのショットは平明な表現なんですが、全体が組み合わさると、完成された形式美があるというか。
 うまく表現できなくてすみません。
 
 写経をすると一文一文が立ち上がって来て
まるで、人物の息づかいが聞こえてくるようです。
 そして、自然描写。
 ものすごく珍しい木の名前や、花の名前が出てくるわけじゃない。
 多くは、空の表情だったり、風だったり、日常にありふれたさりげない、自然の風景だけど、それが登場人物の心象と物語の世界観にリンクします。
 
 手帳にも書かれてますが、藤沢先生は毎日のお天気を気にかけて空をよく見ていたようです。農家に生まれ育ったクセみたいですが、私も毎日、空を見ますが、とてもあんな風に表現できません。
 この本を読んで、やはり藤沢先生は時代劇の姿を借りて、自分自身の内面の表現した、
まさしく私小説だったのだと知りました。
 
 ますます藤沢周平作品が大好きになりました。どの作品も外れなしです。




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