しないことリストを読んで、普通の生活ってなにか考えた

実は過半数の人間の生き方ってこうかも

私はもうすぐ50歳。
 
私の父母世代は、「奇蹟の30年」と呼ばれるずっと景気が上り調子だった
 
後にも先にもない時代に生きた世代だったのです。
 
当然その価値観を植え付けられて生きてきました。
 
1つの仕事に生涯をかけ取り組む。
 
家族を作り、子供を育てる。家を建てる。
 
それが人の歩む当然の道だと思って生きてきました。
 
フツー(これがクセモノ)の人間にに与えられた「当たり前」・常識だと思ってきたんです。
 
最近になってようやく当たり前でないことに気がつきました。
 
親世代で、誰もがフツーに享受できる当たり前のことは社会が上り調子で安定しててこそのものだったのです。


 

新しい時代の新しい常識

 



「定職につかず、自分の好きなことだけして生きていく」
 
そんなphaさんのライフスタイルを見て、
 
学校を出ても定職につかずフラフラしている甥のような視点で見てました。
 
ちょっと論理的におかしなところがあったら「説教」してやろう。
 
そんな風に思って手に取った本。
 
だが、さすが京大出身だけあって、論旨はしっかりしている。
 
むしろ私の持っていた価値観や倫理観の方が、
 
旧世代のモノを鵜呑みに受け継いだだけのちんけなものでした。
トマ・ピケティ著「21世紀の資本」では、
 
富の格差がリセットされるのは戦争がある前後でそれ安定した社会では富の格差がどんどん広がるという。
 
格差が安定した時代が二百数十年続いた江戸時代では、
 
宵越しの銭を持たない長屋暮らしで生涯独身だったものが大半だったとか。
 
誰でも普通にやったら人並みの暮らしができる時代から、
 
頑張ったとしても人並みの暮らしもできるかどうかわからない時代です。
 
ものすごくひどい世の中になったのか?
 
いや、むしろ無成長・衰退の方が世界的にも歴史的にも当たり前。
 
phaさんの考えは旧世代にとっては
 
「何を寝言を言っているんだ! バカモン!」
 
と一蹴されそうですけど、
 
未来から見たら、
 
「何当たり前のこと言ってんの? 常識じゃん」
 
と言われるくらいになっているかもしれない。
 
現にこの本でphaさんが説かれているネット社会を駆使してお金をかけないで、
 
楽しむ方法はみんな普通にやっているものもある。



世間の目を気にしなければたいがいなくてもいいもいいもの



持ち家、家族、子供、仕事……
 
phaさんが手放したものほとんどは
 
私が現在一生懸命苦労して手にいれたものだけど……
 
正直、
 
「世間からどう見られるかを気にしない」
 
という決意をしたら、
 
大きな声では言えませんが
 
その全てがなくてもいいものだった。
 
ような気がします。
 
でも持ってからは愛情があって
 
仕事がない。
 
結婚できない。
 
持ち家がない。
 
手に入れないと=落伍者=人間じゃない
 
そんな風に世間に思われると思っていたのです。



じゃその世間って一体誰のこと?


って誰でもない自分が勝手に作った幻影なんですけど。
 
「ネットで好きなことして自由に生きる」
 
を標榜するYouTuberやbloggerの方でも、
 
「やはりサラリーマンの月給位の収入がネットだけで稼げる見込みなったら独立する」
 
という暗黙の規準があるようで、
 
今では有名なヒカキンさんも、
 
ブレイクするまでは昼は仕事、夜中睡眠時間を削って動画作成、
 
食費を削って値引きになったパンを食べていたとか。
 
すさまじい話です。
 
どんな働きかたにせよ、
 
やはり規準になるのは「収入」で、
 
その「収入」にあるのは勝手に自分たちが決めている
 
「フツー」の暮らしの規準なんですわな。
 
phaさんはその「フツー」を思い切ってバッサリぶったぎっているから
 
「もたない暮らし」を継続できているのだと思います。



ブログもYouTubeも毎日更新が必須だそうです。
 
そのために起きている時間(いや寝ている時も)
 
つねに更新するためにすべきことを考えているのだそうです。
 
人気YouTuberだってbloggerだって普通に社会で働いてる普通の人間だって走り続けなければならない。
 
ある程度の収入の確保のために……
 
ところが、phaさんは冬は動物のように冬眠状態、活動量が極端に少なくなるそうです。
 
ブログも気が向いたら書く。
 
のような超マイペース。
 
どちらが自由でどちらが不自由なのか……


 
自分の好きなこと……
 
自由な時間に……
 
という言葉に振り回されて、
 
自縄自縛になっているのかも知れませんね。



その点、phaさんは一切の縛りから解放されています。うらやましい。





1つ残った疑問

生きのびるために暮らすのは都会か田舎か?





phaさんは会社を辞めてから都会に引っ越し一軒家を数人でシェアしています。
 
都会では同じ価値観をもっている人も多いし、
 
いろんなサービスが身近にあるから暮らしやすそうです。



かたや過疎の田舎では無料で住める家なんかもありそうですが、
 
Iターンをすすめる自治体はそこで家族ごと暮らしてほしい。
 
働いて欲しい。
 
農業に従事して欲しい。
 
「働きたくない」
 
「家族を持ちたくない」
 
と思っている持たない価値観の人には田舎暮らしは逆にしんどいかも。
 
「半農半X」っていうやり方も、どっちにしろ何らかの形で労働しないといけませんもんね。
 
今のところ都会に暮らす方が「持たない」を選択した人には有利かもしれません。
 
でも、まだ豊かだった時代のリソースが残っているから、
 
住宅でもシェアできそうですが、
 
だんだんリソース自体が目減りしたら――
 
具体的に言うと、
 
空き家も取り壊されてしまうと、
 
その恩恵も享受できなくなってくるのかも、
 
まだまだ過渡期で、
 
未来は「ない暮らし」を選択した人の極楽!
 
になるかどうかは未知です。



結論



phaさんとは一回り以上上の年齢で、

 

「持つ暮らし」をしている私。
 
phaさんのライフスタイルとはほど遠い。
 
真似しようにも真似できないほど
 
あくせくした暮らしですが、
 
「働きたくない」
 
「だるい」
 
と言う気持ちは大いに共感できます。
 
若い時にはまだ活動的でしたが、
 
やはり50歳にもなると、
 
生きてるだけで疲れますわ。
 
つまり
 
「だるい・疲れる」が本音で、
 
「頑張ります・元気です」が建前です。
 
なので、
 
心だけでもphaさんに寄り添って、
 
隙間時間にサボります。
 
人間てそもそもそんなに働く生き物なのだろうか?
 
無理矢理、社会が形成される中で、「働く」ことを強制されたんじゃないだろうかと思うのです。
 
社会が「労働」を押しつける言い訳として、「家族」「仕事」「住宅」などの価値観を植え付けたのかなとも……
 
phaさんの生き方の方が動物に近い。
 
それこそが人間の本来の生き方なのでは。




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