最新作「STARWARS episode8 最後のジェダイ」の副読本に「ジェダイの哲学」


あきらかに日本人が書いているはずなので、
ジェダイというものを通した架空のフォースの指南書という読み方もできる。遊び心もあるので、気軽にさらっと読んで、忘れるには真剣すぎる。そのメッセージは本物だ。
 著者はしっかりとルーカスの「STAR WARS」に込められたメッセージを消化し、自分の人生哲学に昇華している。
 STAR WARSが始まった頃、私は十歳。スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還(吹替版)で旧三部作が終了した時も高校生だった。待ちに待った最終作だったのに、なぜか消化不良だった。ん? なぜかepisode4のようなわくわく感がない。で、結局私はepisode4スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望 (吹替版)原理主義者で4のSF活劇感が好きだったことに気がついた。それがジェダイ=フォースという図式に行くことによって、物語が地味な方向に行ってしまって、がっかりしてしまった。
 早い話がハン・ソロが好きだったんだろうね。それは、軽口を叩いてガンを撃ちまくる欠点だらけの男。ハン・ソロ役のハリソンが後に大スターになるのも分かる気がする。
 で、次の新三部作が登場するまで十数年待たなければならなかった。ルーカスは旧三部作のが自分のイメージ通りに撮れなかったことを悔やみ、CG技術が発展するにつれてドンドン改訂していった。その間、STAR WARSがDVD化されることはなかった。ので、ずっとSTAR WARSを見れない飢餓感が貯まる。で、改訂された旧三部作は――かならずしもファンが納得するものではなかった。映像が汚くてもいい、技術が稚拙でもいい。ワクワク感が大事なんだ。世界中の多くのファンががっかりした。
 手塚治虫先生でも、漫画を単行本するにあたりドンドン修正をくわえている。が、やはり、若き日の線の丸い生き生きしたペンタッチは再現できない。ので、たいがい残念な仕上がりになっている。ので、無修正バージョンの本も出版されている。
 で待望のスター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス(字幕版)だが、やはり旧三部作の改悪で、イヤな予感はしていたのだが、予感は的中した!
 やはり、違う! こんなんじゃない! という言葉しかでなかった。世界中のファンもそうだったみたい。
 しかし、今回、「ジェダイの哲学」を読んで、STAR WARSサーガをジェダイの生き方。ひいては人間、ことに及んでどう生きていくか? 人生哲学がサーガの本当のテーマならば、episode1~3は、非常にためになる作品と言えるかもしれない。
 episode4~6は活劇が中心だが、1からジェダイがたくさん登場して、ジェダイの全貌があきらかになり、ジェダイの生き様、そしてフォースを怒りや不安の中で使ってしまうとダークサイドに取り込まれていくという深いテーマを丁寧に三作に渡って描いている。
 ジョージ・ルーカスはくしくも1944年私の父と同じ年だった。で、episode1~3を製作していた期間は、50代だった。調度今の私の年代だ。
 旧三部作の時は季節で言えば夏だろうか。新三部作は歳月を経て人生の苦みを知る年ごろ、季節は秋か。全体のトーンは暗い。そりゃ、主人公が悪の道に入っていく話なんだから、暗くならないとおかしい。でいて私はその頃三十代でやはり人生夏だった。ので、なんだかなあ。もっと活劇してくれよ。という欲求不満が残った。
 でも、今ではこの頃のルーカスの心境が分かるような気もする。当時、アメリカいや世界が9.11で何か暗かった。
 ジェダイの哲学を学ぶ意味で、もう一度1から最新作までおさらいしてみたくなった。 いくつになっても、何度でも、新しい発見があるのが名作のいいところやね。
 でこの「ジェダイの哲学」大まじめな本なので、下手な自己啓発の本を読むより、よっぽどためになるかも。STAR WARSファンだった、よけい出てくる事例がおなじみのものなのでわかりやすいかも。ジェダイの哲学というより、哲学をSTAR WARS流に料理しましたという感じ。
 新作「STAR WARS episode8 最後のジェダイ」の副読本に。詳しい人も詳しくない人も読んで!




スポンサードリンク




スポンサードリンク