NTV火曜9時アクションドラマの世界


 毎週、楽しみにしていた。
 正統派で折り目正しかった「太陽にほえろ!」「Gメン75」「夜明けの刑事」と比べてはみだし者の刑事や探偵がはじけるドラマはどこか不良っぽい匂いがした。
 とくに「大追跡」や「プロハンター」の藤竜也が醸し出す、後輩俳優と一緒になって遊んでいる自由な雰囲気は、
「俺もあの世界に入りたい」
 と憧れたものだ。
 後に「野良猫ロック」シリーズや「黄金のパートナー」をDVDで見たが、藤竜也が一人いると、なぜか自由で楽しい雰囲気がグループの中に醸し出されていた。
 この楽しみも長くは続かなかった。「プロハンター」が終了して、新しく始まったのは「火曜サスペンス劇場」以降刑事ドラマは次々と姿を消してしまう。その終わりの始まりの発端だった。
 考えてみると、80年代はまさしく、バラエティ・笑いの時代の始まりだった。
 火曜9時で何度も再放送された金字塔の「探偵物語」はドラマとコントの笑いとのすれすれをいっていたからこそのあの人気だったかもしれない。
 つまり、松田優作は視聴者ありきのテレビの中で真剣にドラマを作る空虚さに気がついていたのかも。それで、当初シリアス路線だったのを主演の権限でガラッとコミカル路線に変更した。その後、主戦場を映画にかえていく。
 ドラマというものが成り立っていたのはギリギリ80年代始めくらいまで、以降はドラマもバラエティ化というかイベント化していった。
 二時間サスペンスでも内容はほぼいつも一緒変わるのは、登場する土地と名物みたいな感じ。
「西部警察」の大爆破でも、「必殺」の殺しでも、すでにお笑い芸人が「熱湯風呂」入るとか、アツアツのおでんを食べさせられるとかの見せ所のイベントにしかすぎなくなっていた。
 しかし、その見せ場が盛り上がるほど視聴率も上がっていった。
 あっというまに食傷気味になって、再放送される初期の「必殺」「太陽」と火曜9時の方に熱狂するのだった。ここらヘンが私の再放送至上主義、回顧趣味のはじまりかもしれない。ビデオデッキがまだ出始めの頃で、本放送と再放送しか作品を楽しめなかったので、自ずと再放送を見て再評価される作品もあった。
 今と違って、放送されたものが全てソフト化される時代ではなかった。
 この本の二人の著者も年は私と6,7つ下。私でもギリギリ見ていた世代だったので、
「お前ら絶対リアルタイムで見てないだろ」という年代のはず。けど、見てなければ見てないほど、焦がれる見たいという飢餓感と憧れがつのるのは私もクレージー東宝映画や初期必殺シリーズが好きだから分かる。 探偵物語や石原プロの作品について書いた本はたくさんあったが、NTV9時のアクションドラマの枠をそのまま包括する本はなかった。

 「沖雅也と「大追跡」」ぐらいか
 大追跡やプロハンターの内幕が分かって、長年疑問になっていたことが分かった。
 だが、
大追跡の「オットー」とプロハンター「壁チョロ」はどこから来たのか謎のままだった。いったい壁チョロとは?
 楽屋落ち的な、遊び心が満載のところも楽しかった。




スポンサードリンク




スポンサードリンク