映像を読んでいた頃

高校に入るまでうちにはビデオデッキがなかった。まだレンタルビデオも出始めで、映画館に行くより高くついた。ドラマも映画も一度見逃すと、次いつ見られるか分からない。見たいタイトルがあったら検索したら、購入にせよ、レンタルにせよ、なにかしら視聴できる手段が即調べられる現在とは雲泥の差だ。
 中学に入ってから映画館通いが始まり、見る度に興味の幅が広がっていく。のだが、見たいタイトルがどんどんたまるばかりで、見る機会は少ない。
 その頃の映画館は斜陽で、映画の本数も少ない。リバイバル上映もしていない。実のところ、日本の1970代後半から1980年代前半が一番映画を見られない時期だった。
 見たいけど、見られない。欲求が貯まっていく。まるで、思春期の女性の裸みたいだ。
 で、どうなるかというと、図書館で映画関係の本シナリオを読みまくる。
 その頃、倉本???、向田邦子、市川森一のシナリオ本がたくさん出版されていた。図書館にはヒッチコック・トリュフォーの映画術。など、
シナリオと映画の解説本は山のようにあった。
 テレビシナリオでは再放送されないドラマを頭の中でひとり再放送をしていた。未見の映画はスチール写真とシナリオで実作品を妄想した。
 実際に見たよりも、圧倒的に本を読んでいた時間の方がながい。
 実際にセックスする前に、セックス指南本とヌードグラビアを買い漁るようなもんだ。
 その中で妄想がどんどん膨らんでいったような気がする。それがよかったのか悪かったのか。
 今では考えられない話です。




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