幸せをつかむ7つの法則 1・執着心を捨てる

新幸せをつかむ7つの法則前回はざっくりとした説明でした。

今回より具体的な説明に入っていきます。執着心を捨てると言っても、全く欲やこだわりを捨て去りなさい。と言っているわけではありません。煩悩を完全に捨てるのは神様や仏様じゃないと無理でしょう。自分がもってるこだわりを少し緩めてるだけでかなり生きやすくなります。

◎価値観理想にこだわらない

 まず価値観や理想があまりにも高いと幸せが遠くなります。
私が婚活をしていた約15年前はまだまだバブルの名残りで三高とか呼ばれていた時代でした。ちなみに三高とは高身長、高学歴、高収入です。いまでもかなりハードル高くなりますけど、当時は適齢期の女性を男を見る目は厳しかった。私も何度値踏みをされたか……。
 恋愛相手だけではありません。
「でなければならない」を自分にだけに求めるならまだしも、他人に求めると人が離れていきます。
 丹波さん曰く

丹波さんいわく
あらゆる存在はそのままで最高の価値がある。本当に人を愛することは、ありのままの相手を認め、あるがままに愛する。どんな人にもそれぞれ魅力があり、それらすべてを受け止めて愛することができてこそ、心の愛情や信頼関係を結ぶことができる」

 とある、とかく人とのつきあいは減点法でなく加点法にした法がお互いに幸せみたいです。我が家でも子供に接する妻の態度は明らかに減点法。
「あそこはダメ。ここがダメ」
ダメだしの嵐です。子供は学校や塾で部活で評価の眼にさらされている。疲れ切っている。せめて家庭だけは加点法でと私は思っているのですが……
 

「べき思考」と「どうせ思考」


「論理療法」
アルバート・エリスが提唱した心理療法です。「嫌われる勇気」

で話題になったアドラーの弟子で、アドラー心理学をより実践的にシンプルにした理論です。
 論理療法のおおまかな柱は、「べき思考」「どうせ思考」をやめましょうということです。
 まず極端な「べき思考」は先ほどの理想価値観の押しつけになってしまい、論理的でない歪んだ思考になってしまいます。
 私「ま、いっかけん」の場合を事例にすると、父親にもっと大事に育てて欲しかった。
お金をかけて教育してもらいたかったと思っているとします。
 そこを
「父親は子供の教育に絶対に惜しみなく金をかけるべき」
と思ってずっと根に持っていても、
「父親は絶対に子供の教育にお金をかけないといけない」という法律もないし、罰則もないわけです。だからこれは私の歪んだ「べき」になります。
だから、「もっと教育に金をかけてもらいたかった。けど、仕方がない。過ぎたことだし、自分ではどうにもならないことだから」
 と考えると論理的になって、救われます。まー、実際には長年の心のわだかまりって言うのはなかなか消えませけどね。思ってもどうしようもないことです。
 「べき」の反対の極にあるのが「どうせ」という思考です。
「べき」がMUSTで絶対にこうならないとダメ。という思いなら「どうせ」は完全にあきらめきった境地で、無気力、なげやりな状態。
「どうせ俺なんか」って考えてしまうと、ホントになにをやっても無駄ってなったヤケクソになったり、引きこもっちゃったり。いいこと全くありません。
 またまた私「ま、いっかけん」の場合で行くと、
「どうせ俺なんか世界中の異性の誰も相手にしてくれない」
ってもてないことを確信を持っていました。でも、実際にそうなのか。実際に世界中の女性にアタックしてからの結果がそうなら仕方がないが、やりもしないで「どうせ」というのは非論理的ってなるわけです。
 「どうせ」と決め付ける前に、女性にアタックせよと言うわけです。
エリスは異性に相手にされない学生に街で女性に食事に誘って全く相手にされないかどうか実験させます。すると、もちろんほとんど断れるんですが……中には食事を承知してくれた女性も何人かいたそうです。一人でもOKを出してくれたら、「どうせ」は論理的になりたたなくなるのです。
 私はこの実験の真似をして、振られ続けました。まあ、それは見事なくらい(ああ、思い出したくない黒歴史が心を覆っていく……)振られましたが、101回もいかない間……いや50回も振られてません。何度が失敗するうちに今の妻と巡り会いました。
 でも、この論理療法の「どうせ」の撃退という考え方に出会わなかった時は、絶対に「どうせ」ふられると思っていましたので、自分からアタックしたり、積極的に出会いを求めたりしませんでしたね。
 「どうせ」に陥った場合、現状よりも「過去の失敗」に心が執着していました。
 丹波さんの本が発行されていた時代はまだ「べき」思考に陥る場合の問題が多かったような気がします。まだ、景気がよかったんでみんな自分の好きにできた。世の中の人全体が自分の我を通せたんですね。
 ところが、今は自分の思うようには1つもならないので「どうせ思考」に陥って、うちに籠もって行動をおこさない。
 どうせを退治しないといけない時代だと思います。
 丹波さんは「過去の失敗」「他人との比較」「金や運」「夢」というものの執着を緩めなさいと言いました。
  バートランド・ラッセルは、「幸福論」で「努力」と「あきらめ」バランスが大事と説きます。
 私「ま、いっかけん」の名前と当ブログの「だめでもともとやるだけやってみろ」のタイトルじゃないけど。だめでもともとでチャレンジして、やるだけやりきったら「ま、いっか」といって妥協する納得するこれがいい順序だと思います。




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