「アビエイター」を岡本太郎的視点で見直してみた


いくらお金があっても欲望・願望は叶えられても幸せにはなれませんよ。
 という教訓をたとえるのに恰好な人物であるハワード・ヒューズ。
 映画の中でも、二十四時間、映画を流しながら、一歩も部屋から出ないで、映画のバーチャルな世界に閉じこもる元祖「ひきこもり」みたいに表現されていた。
 TVで昔あった「知ってるつもり?」のような人物伝的が番組でも、お金の使い道を誤った気の毒な人扱いだった。
 だが、本当に彼の人生は不幸だったのか?
 ヒューズの人生をひもとくと、多くの美人女優との浮き名。映画製作、飛行機作り、好きなモノへ際限なく資金へつぎ込む。病的な潔癖症、桁外れの金持ち故に友達や愛する人がいない孤独。
 うらやましい境遇へのねたみの心と、失敗や窮地に陥った場面での「ざまあみろ」というさげすむ心がない交ぜになる。
「こんな人生はゴメンだ」と言いながら、心の中でどっかうらやましいと思っている自分がいる。
 失敗を恐れてちまちまとしか生きられない小さい自分。
彼がスゴいのは、彼が金持ちでも、ハンサムだからでも、女優と寝られたからでもない(ちょっとはあるか)。彼が壮大な失敗ができたから、みんながうらやましいのだ。
 大きな失敗をしたということは、大きなチャレンジをしたということだ。
岡本太郎著

「自分の運命に縦を突け」の中で、失敗成功を捨てて、今を生きて瞬間に生き抜け、人生即夢として、
「負けた者こそバンザーイ」
という。チャレンジして負けても、負けたことこそ誇りに思え。
という岡本太郎的に視点で見ると、ハワード・ヒューズは稀代の挑戦者だった。英雄だった。
 小心者は常に、失敗することを想定にいれて、ちまちま生きる。ヒューズは失敗なんて頭にない。
 小さな失敗に小心翼々としている自分に刺激をくれた1作だった。
 お金を守るために、無難に生きている金持ちよりも、ヒューズの方がよっぽど恰好いいぞ。




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