本当の渥美清を誰も知らない「私が愛した渥美清」

◎目次
秋野太作さん、旧名津坂匡章さんはフジテレビ放映のテレビドラマ「男はつらいよ」に寅さんの舎弟登役で、出演。その後、映画化になる際、製作側の松竹の都合で寅さん以外のほとんどのキャストが一新されます。ですが、秋野太作さんの登はおいちゃん役の森川信さんと共に、数少ないオリジナルキャストとして映画にも登場します。
その後、数年間渥美清さん主演のテレビドラマシリーズで共演。生で渥美清さんの演技を傍らで見、そして指導を受けました。
秋野太作さんが「私が愛した渥美清」を出版した動機は。昨今、「男はつらいよ」誕生秘話的なドキュメンタリーや本が出回る中で、あまりにも実は本当に誕生に関わっていないかった人が登場し、「寅さん秘話」をあたかも自分の手柄のように語り、有名作家が書いた渥美清伝に語られた「ひねくれた性格の偏屈な男」という歪んだ渥美清像が定着しているのに憤ったからだそうです。
秋野太作さんはまだ駆け出しの貧乏役者だった時代にローンを組んで、まだ発売されたばかりで高価だったビデオデッキを購入します。それは、ひとえに渥美清主演のテレビ映画「泣いてたまるか」を録画するためだったのです。
渥美清本人に直接出会う前から、1ファンとして、新人役者として演技を勉強するために「泣いてたまるか」を穴が空くほど見たそうです。
「泣いてたまるか」は当時の一級の演出家・脚本家を揃えて、渥美清さんが毎回違うキャラクター毎回違うストーリーに挑戦するもので、1話1話のクォリティーが高いドラマです。
現在レンタルはされてなくて、DVDはセルのみです。時々BSで放送されていますから、チェックをしてみてください。
「渥美清は寅さんだけだろう」
とおっしゃる方、是非騙されたと思ってほんの数本でいいから見てください。様々な職業の様々の男の人生を演じています。渥美清は、万能の役者だったのです。
しかも、寅さん以前で残されているのはこのテレビ映画だけです。当時ビデオテープは高価でした。放送された後のビデオテープは再録画して、消していたそうです。
そして喜劇ドラマは他のドラマとも差別されていて、若者たちの貧しい暮らしを描く「若者たち」のテープは残されましたが、残念ながら渥美清さんが主演されたドラマのテープのほとんどは上塗りされて消えてしまったそうです。
「泣いてたまるか」だけはテレビ映画(今では死語ですね)映画と同じようにフィルムで保存されていたので、全話現存しているのです。
当時のスタジオドラマは2日間をリハーサル。2日間を本場に。まるで舞台を作るようにドラマを作っていたのです。複数のカメラで一気に撮っていく。1つのカメラでコマドリに撮っていく映画の撮影とは対象的です。
不便といえば不便。贅沢といえば贅沢。
長い時間をかけて稽古するうちに、本番でやっている本人でさえ思いかけない化学変化が起こるのでしょう。
そのため舞台俳優がたくさんテレビドラマに起用されました。新劇や喜劇の方がこぞってテレビに出演しました。
渥美清さんは浅草のストリップ小屋の合間の喜劇出身。
浅草喜劇の台本はあってないようなもの。設定と役柄を決めたらあとは、アドリブ。
スタジオドラマであればこそ、渥美清さんの演技の真骨頂が発揮できるそうです。
映画のように細切れで撮影していてはライブ感がでない。
実際映画でのとらやの撮影期間はは1週間。1年のうち1週間しか会わない人たちの演技が半年間四六時中顔を突き合わしている人たちの演技に勝てるわけはないと思います。
テレビ版男はつらいよも渥美清さんと周りの役者さんとのやりとりの中で生まれてきたもので。現在唯一残されている第1話と最終話には渥美清の演技の凄さがあらわれてないというのです。
正直、私も「泣いてたまるか」を見た後に寅さんテレビ版を見ましたが。これが後に映画化するのに値する作品か疑問に残りました。秋野太作さんに言わせるとテレビ版の初回と最終回にはドラマ版の「男はつらいよ」のよさが現れてない鬼っ子のような回だそうです。
1970年代後半あたりからは、ビデオカメラが小型化携帯化されてドラマも映画と同じような撮影方式にかわりました。
初期の寅さん映画がライブ感の片鱗はまだ残っているのは、まだ渥美清さんがスタジオドラマに取り組んでいたからでしょう。
渥美清さんと秋野太作さんは、テレビ版「男はつらいよ」の後、「渥美清の父ちゃんがゆく」「すかぶら大将」「こんな男でよかったら」立て続けに共演します。しかし、いずれも映像が残っていなくて、秋野太作が熱弁する面白さを確認できません。実に残念なことです。
秋野太作さん曰く、男はつらいよの企画も原作も渥美清さんだといいます。テレビドラマ界に不動の人地位を手にした渥美清さんは企画を選べる立場だったようで、自らテキヤを主人公にすると明言し、その脚本家を山田洋次さんに指定します。
しかし脚本には空白の部分が多く。渥美清さんがその空白を埋めていったそうです。
男はつらいよもドラマの骨子は山田洋次監督がハナ肇さんと組んだ馬鹿シリーズと同じです。ですが寅さんのキャラクターはほとんど渥美清がご自身で作り上げたもの。
秋野太作さんもかなり後になって知ることなのですが、実は渥美清さんは若い時に本職のテキヤだったそうで、啖呵売などもスラスラと口からついてから出て来て
「あの人の素性はいったい……」
とスタッフから不思議がられていたそうです。
渥美清さんと同じ位の寅さん誕生の重要人物山田洋次監督。テレビドラマの現場では一度しか顔を出したことがなかったそうです。
脚本はあくまでたたき台。スタジオでは監督と渥美清さんと他の出演者がリハーサル・本番と時間をかけて物語を作り上げていったのだそうです。
したがってテレビドラマ「男はつらいよ」ではほとんど関与していなかったのが現実のようです。
んー、衝撃の事実。
今まで寅さんが映画化された山田洋次監督側から語られたものでした。
テレビドラマ「男はつらいよ」は視聴率が悪かった。そこで打ち切りが決定して、どうせ打ち切るなら寅さんを殺しちゃえ。で最終回で寅さんはハブに噛まれて死んでしまいます。
最終回放送終了後から、フジテレビに苦情の電話が殺到。
「なんで寅を殺した!」との声が殺到し、これはすごい人気だ。ということで映画で復活させた―― という話が通ってました。
その話を秋野太作さんは「違う」といいます。
テレビドラマ「男はつらいよ」は好評だった。シリーズ化も念頭にあった。しかし人気があるのを見て、松竹が映画化の話をもってきた。渥美清さんも当時はまだ若く、上昇志向があって、寅さんの映画化に納得します。しかし、そのためにはテレビドラマのシリーズ化を諦めないといけない。テレビで二度と復活させないようにするために寅さんを急遽殺すことになった。
テレビで寅さんの妹・桜を演じた長山藍子さんは最終回のリハーサルで泣き崩れたという。フジテレビのプロデューサー小林俊一さんはなくなく手塩に育てたキャラクター寅次郎を殺すべくヤケになって笑うしかなかったそうです。
そして、それから映画「男はつらいよ」は映画史に残るロングシリーズになるのはあまりにも有名。
寅さん=渥美清は神棚にまつられて、そこから身動きできなくなってしまったようだ。力強くて柔らかくて、歯切れがいい。本来の渥美清のよさが、殺され干からびてしまったようなのです。
私はシリーズ終盤の寅さんを何度も劇場でみましたが、寅さんがなんとも言えない寂しいような顔をしている理由がわかったような気がしました。
秋野太作さんの本著での発言が事実なら、もはや見ることができないTV版「男はつらいよ」は大傑作です。秋野太作さんからしてみれば、
「映画版の「男はつらいよ」が何処が面白いのか、何処が映画史上の金字塔なのかわからない」だそうです。
とすればテレビ版「男はつらいよ」は映画とは比較にならないくらいのスゴい作品のはず。
山田洋次監督の「テレビ版「男はつらいよ」は別に見なくてもいい位のレベルの作品でした」を匂わす発言ですっかり洗脳されてました。
あの「泣いてたまるか」をビデオで録画していた秋野太作さんが言うんだから、面白いに違いないはず。
ああ、でも絶対に観れないんだなあ。どうしてくれる。
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