ショーケン最終章引き際の見事さ

定型をぶちこわし【生】そのものを画面に叩きつけた

萩原健一さんが「太陽にほえろ!」「傷だらけの天使」「前略おふくろ様」と出る作品が全てヒットする全盛の頃は、私はまだ小学校の低学年だったので、同じ太陽にほえろ!でもジーパン・松田優作さんとかテキサス・勝野洋さんとかの方がカッコよく感じてました。

どの俳優さんも当然ながら、どんな演技でも格好いい方に行くんですけど、ようするに「ヒーロー」になってしまうんです。
ところがショーケンがひとたび演じると全て等身大の生身の一青年となって挫折・失敗をする。 「ああこいつはオレと同じだ。オレと同じ一個の弱い命なんだ」

その挫折感に深く共感できるようになったのは、ちょっと成長して中高生になってからでした。
「ショーケン 最終章」にも書かれてますが、それがショーケンの演技の根幹にあるようで、どの出演作品にも通底している部分です。 だから萩原健一という人はどの時代にも存在しない、後にも先にも一人きりの才能だったように思います。

俳優としての萩原健一論は、「昭和40年男 男はつらいよ特集」にくわしく書かれてます。

ショーケンは自分に飽きていなかった

ショーケン以前のビッグスターたちは、高倉健さん、石原裕次郎さん。渥美清さん、勝新太郎さん。

勝さん=座頭市。渥美さん=寅さん。裕次郎さん=ボス。

1番長生きした高倉健さんでも、最後まで健さんのイメージで、寡黙で誠実な男の役でした。

みんながイメージする役柄からけして脱皮しようとしなかった。
いや、脱皮したくても出来なかった。

実際にリアルでダークな世界のショーケン主演「八つ墓村」で探偵・金田一耕助役で渥美さんが登場すると、観客席から反射的に笑いが起きたとか……
それだけ役柄が固定されると、その役しかできなくなってしまう。

ショーケン流で言うと、「自分に飽きていた」
ところがショーケンは次々と前のイメージから脱却して、新しい役を演じていた。
ライバル視されていた松田優作さんが最後までコワモテのイメージだったの対し、硬軟様々な役を演じ、コワモテの役を演じたかと思うと、市井の平凡な役柄も演じられました。最後まで演じることに挑戦していました。

この歳になると、それまでとは違う自分を誰も見出そうとはしないものだ。ある固定したイメージの枠に収めて、それ以上は求めない。  しかし、萩原健一が知らない萩原健一がまだ自分の中にあるはずだ。自分もまだ知らないけれど、それはたとえば人生の困難に直面したときに立ち現れる。私が病を得て、これまでとは違う自分を発見したように。  私はまだ自分に飽きていない。  だからまた、違う自分に会える。

「鴨川食堂」は本人もノリノリだった

2016年のBSプレミアムで放送された「鴨川食堂」は嬉しかった。
ショーケン演じる流は食堂の料理人をしながら探偵を兼業する元刑事の役。「太陽にほえろ!」と「傷だらけの天使」と「前略おふくろ様」が合体したような設定。
「傷だらけの天使」や「前略おふくろ様」は続編の制作を本人も望みながら、なかなか結実しなかったようです。
制作スタッフははじめからショーケンをイメージして役を設定していました。
原作はシリーズもので続いているので、願わくばシリーズ化して欲しかった。
返す返す残念です。

企画が次々頓挫、空転期間のワケ

一時期、ラジオやテレビに登場するたびに、自分で脚本を書いて映画にするとインタビューで答えていたのに、一向に形になる気配がありませんでした。
それには映画界の闇とも言える部分が関係したようです。

要するにそれは、映画製作を名目にした詐欺まがいの行為だったのだ。  まず、キャストやスタッフを記した映画製作の企画書を掲げて、資産家や投資家から製作費をかき集める。投資家たちを信用させるために脚本を見せたり、名の通った俳優や監督との面会の場を設けたりする。  しかし結局、集まったお金は自分たちの懐に入れてしまうのだ。当然、映画は完成しない。完成しても公開できない。計画が頓挫しても資金は返還しないまま。そもそも契約書があってないような業界だ。  もちろん、すべてがすべてそうだとは言わないが、つぶれた企画のいくつかは確実にその種のやり口だったとしか思えない。

ショーケンという大物でさえこういう手口に、イヤ大物だからこそ引っかかるのかもしれません。中には撮影されたにもかかわらず上映されなかったものも……

幻の企画に空転しなければ、もっとたくさんの作品に出演できたのに……これも残念です。

ミュージシャンとしての最高傑作「アンドレ・マルローライブ」

高校の頃、なけなしの小遣いで買った「アンドレ・マルローライブ」擦り切れるほど聴き返しました。ライブの時に何が飛び出すか分からないアドリブが鳥肌が立つほどカッコよかった。本人も最高傑作だったと断言。
楽曲やアルバムをベストと言わず、ライブを最高傑作と言うあたりがやはりショーケンらしいなと思いました。

逆境の時に響く言葉たち

身から出た錆言えばそれまでですが、ショーケンはしばしばどん底にたたき落とされています。
しかし、その都度復活するのがすごいところ。
どん底経験を経た言葉はさすがに重いです。これからずっと心の支えにしたいなあという言葉がいくつもありました。

50代の謹慎の時、

お金はあるに越したことはないけれど、お金でダメになる人間もいやになるほど見てきた。お金がないなら、生活水準を下げればいいだけのことだ。すると、これまでとは違った風景も見えてくる。

人間、下り坂にあるときが悪いとばかりは言えない。  それまでは、みんな頂上を目指して登っている。三十代、四十代の上り坂のときは、自分で上がっていることになかなか気づけない。五十代になって体力も含めてさまざまなことが下り坂に入ると、上り坂とのギャップに落ち込むことだってある。  しかし、足元ばかり見つめている上り坂とは違って、下り坂のときは遠くを眺めることができる。周りの良い面と悪い面が以前よりも見えてくる。全体を見渡しながら自分を見つめ直すことで、さらに成長できるチャンスがあるんじゃないか。

30代、最初の謹慎の時

人生には必ず難関がある。どんな天才でも巨匠でも、生きていれば必ず厳しい試練に遭遇する。そのときは、何があっても立ち向かわなければならない。そうしてどうにか突破するしかない。けっして逃げちゃあダメなのだ。 『影武者』は勝さんにとって、そのどうしても突破しなければならない難関だったと思う。

これは黒澤明監督の「影武者」の時に降板した勝新太郎について語ってますが、ご自身の人生の難関は大借金を抱えて謹慎中の中で、娘さんの養育費を捻出するために、ぬいぐるみの中に入ってアルバイトをしたそうです。
いやあ、さすがに大スターがぬいぐるみでアルバイトはきついと思います。
しかし、ここをやりきることにショーケンのある種の生きる底力のようなものを感じます。なかなかできることではありません。

最後の最後に運命の出会い。よかった

しばらく、おやすみしていたショーケンでしたが、生涯の良き伴侶を得て、新曲やライブ、いいドラマにも出演、最後まで演技への情熱は消えてませんでした。
亡くなったのは残念だったけど、穏やかな境地で最後を迎えられて本当によかったと安心しました。

いつまでも、新しい自分を発見するために挑戦する姿勢を少しでも受けつぎたいと思います。




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