「運が良けりゃ」落語の映像化で感じた違和感

ま、いっかけん
なつかしエンタメ研究家のま、いっかけんです。今回山田洋次監督の初期作「運が良けりゃ」を鑑賞しました。落語にハマってから10数年経ちます。落語を知ってから、より理解が深まったような気がします

山田洋次監督作品「運がよけりゃ」とは

映画「運が良けりゃ」は1966年に松竹で製作された喜劇映画です。
当時人気絶頂のクレージーキャッツのリーダーハナ肇さんと
新人監督の山田洋次監督が組んだシリーズの1本です。
山田・ハナコンビと言えば、前半は馬鹿シリーズ、後半は一発シリーズですが、この作品は例外的に落語の世界をそのまま映像化したような作品です。

なかなか面白かったんですけど、落語の元ネタを知ってからは、ちょっとオヤ?という違和感を感じるようになりました。

違和感その1貧しく美しく

主人公熊さんの妹おせいはその美貌で金持ちからの縁談の話が来ます。
ところが、熊さんはその金持ちの前で飲んだくれて暴れてあんなゲスな兄のいる娘は嫁にできないと破断になってしまいます。
おせいは金持ちの嫁になるという不幸な境遇に陥れないように、熊さんがわざと縁談をぶちこわしたのだと知り、内心兄に感謝するというお話。
これは後の「男はつらいよ」の第1作にさくらのお見合いに寅さんが立ち会って、飲みくずれて破断になるーーというエピソードに流用されています。
現代では寅さんの妹思いの部分が強調されるシーンです。
しかし、落語の舞台となる時代は、身分の高い人との縁談は、親孝行で、親族にもいい影響を与えるめでたいことでした。
「妾馬」「八五郎出世」と呼ばれる演目でも、妹が大名の側室になって、兄の八五郎も士分に取り上げられるというもの。
でも、この「運がよけりゃ」では身分の高い人と結婚なんてロクなもんじゃないという価値感が根底にあり、結局おせいは農民の青年と結ばれます。
さくらがしがない印刷工場で働く諏訪博と結婚するのと同じ構図です。
落語の世界では、古い時代の価値観が違和感なく語られるのですが、それが映像化されるとやはり違和感が残ります。
結局、妹が妾になって喜ぶという展開にしたら、余計に観客にそっぽをムカれたでしょうね。

違和感その2黄金餅の僧侶は老婆にーー

映画の後半は、「黄金餅」「らくだ」のエピソードで展開していくのですが、銭を餅に詰めて死んでしまうのが僧侶から金貸しの老婆に変更になっています。
なぜ老婆に変更になってしまったのか? 銭を入れた餅を飲み込むのを覗き見たのが、おせいだったからでしょうか?
死んだ老婆を使ってかんかんのうをするのですが、やはり女性の死体にかんかんのうをさせるのはちょっとエグい感じがして受け付けませんでした。

テレビドラマ「日曜劇場」で放送された「放蕩かっぽれ節」が渥美清さんが主演で、らくだは犬塚弘さんが演じていました。
前作「放蕩一代息子」と同様に渥美さんはアホボン・徳三郎を快演しています。
製作は1978年なので、この時点では渥美さんは寅さんと真逆なキャラクターでも見事に演じていました。
こちらの方は犬塚弘さんのらくだのかっぽれが爆笑を誘います。
落語のドラマ化という点では、こちらの方が成功していたような気がするのですが……

ハナ肇さんと山田洋次監督との最後のコンビ作「ハナ肇の一発大必勝」でも死体を抱えてダンスするエピソードがあります。その後、死体は意外な展開を迎えるのですが、死体とダンスって言うのは絶対受ける鉄板ネタみたいです。
余談ですが中村勘三郎さんの舞台「らくだ」でも死体のダンスは大爆笑でした。
なので、ますます「運が良けりゃ」で老婆に変更になったので、ますます残念です。

落語のエピソードを映像化して成功「幕末太陽傳」

やはり、落語を映像化するのは難しいようです。
ですが、「運が良けりゃ」より10年前に作られた川島雄三「幕末太陽傳」は「居残り佐平次」や「品川心中」などの落語と幕末の志士高杉晋作のドラマを描いているのですが、佐平次や高杉晋作が余命幾ばくもない存在で、川島監督とのニヒリズムとマッチして違和感がありませんでした。

ま、いっかけん
落語はそのままドラマに移植してもなかなかうまくいかないようです。しかし落語的エッセンスはいろんなエンタメに散りばめられていますね。特に宮藤官九郎さん作品には、色濃く落語の影響が見て取れます

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